02
別に睨みに負けたわけじゃないが藤次郎は肩を竦めて分かった分かった、と返す。
しかし、それよりも先に気にすべき事が他にもあった。
「政宗様」
閉めきられた襖の向こうからそう声がかけられる。
互いに集中していた為、いきなり外からかけられた声に二人は驚き、慌てた。
「Shit、小十郎だ!」
「―っ!びっくりした…」
こっちにもやっぱ小十郎っているんだな、と藤次郎が妙な感覚に陥っていると、ぼぅっとしてんじゃねぇ!隠れてろ、と政宗に奥の部屋へ突き飛ばされた。
「てめっ、政!」
「いいから黙ってろ」
政宗は藤次郎を押し込めた部屋の襖を閉め、外で待つ小十郎を中へ呼んだ。
「どうした小十郎?何かあったか?」
表面上はすました顔で応えるも、内心バクバクだ。
小十郎は直ぐに政宗の違和感に気付き、片眉を上げる。
「政宗様?何かありましたか?」
「別に何もねぇぜ」
そのやりとりを襖を挟んで聞いていた藤次郎は思った。
何か、うちの小十郎とは随分違うな。声は低いし、しっかりしてる。
「ならばよいのですが」
小十郎はそう言って一旦言葉を切ると続けた。
「先程、蔵付近にて侵入者を…」
と、報告を始めた小十郎に政宗と藤次郎は焦った。
もしやバレたのでは…、と何一つ悪いことなどしていないのに緊張する。
いわゆる条件反射だ。
「捕らえてありますがどう致しましょう?」
だが、二人の心配はどうやら杞憂だったようだ。
藤次郎が見つかったわけではなかった。
政宗はふむ、と考え聞いた。
「間者の類いか?」
それなら牢へ入れ、情報を聞き出すなりなんなりしなければ。
「いえ、それが妙な事を言ってまして。とにかく政宗様に会わせろと」
「俺に?」
はい、と小十郎は難しい顔をして頷いた。
「…OK、会ってやろうじゃねぇか。連れて来い」
「しかし、万が一ということもありますし…」
「分かってる。だが、俺が会わなきゃ話が進まねぇんだろ?心配すんな、不審な動きを見せたらその場で斬る」
ニヤリと政宗が口元を歪めたのを、藤次郎は見なくても分かった。
血の気多いなー。ま、俺だしそんなもんか。
隣室で大人しく待つ藤次郎は胡座をかき、肩肘を膝の上に乗せて欠伸を漏らした。
では、連れて参ります、と小十郎は一度席を外し部屋に政宗一人となる。
「ったくなんだって今日は次から次と…。おい、藤」
「何だ?」
襖の向こうへ声をかければすぐ返事が返ってきた。
「蔵に入った時、お前一人だったか?」
「あぁ、一人だったぜ」
小十郎は側にいなかったし、言えば小言を言いながら付いてくる、もしくは止められるのどちらかだと思って呼ばなかった。
こんな面白い事になるなら連れてくりゃ良かったか?
ここには居ない家臣を思い浮かべて藤次郎はくくくっと肩を震わせて笑った。
「顔を青くして慌てふためくだろうな」
「藤?」
独り言が聞こえたのか政宗が訝しげな声を出す。
「何でもない」
「そうか。…蔵付近って言うからもしかしたらお前の所からまた誰かこっちへ来ちまったのかもな」
「あー、有り得るな」
噂が広まれば好奇心旺盛な奴等が蔵に近付くかもしれない。
ただでさえ伊達軍にはそういった連中が数多くいるのだ。
「まっ、会って見りゃ分かるか。藤、静かにしてろよ」
「はいはい」
藤次郎が口を閉じてすぐ政宗のいる部屋に小十郎が戻ってきた。
「政宗様、連れて参りました」
「OK、Come in」(入れ)
スッと障子が開き、小十郎は失礼します、と軽く頭を下げて入室してきた。
そして、その後から件(くだん)の人物、身形の良い女顔の青年が入ってきた。
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